歌一洋さん(「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」主宰者、建築家)「49棟の小屋造りから思うこと」

 《2014年3月1日、「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会第8回総会兼記念講演会での講演。読みやすいように中見出しを入れました》

 
 
 【歌一洋さん】徳島県海陽町生まれ。建築家。2014年3月まで近畿大学教授。「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を提唱し、主宰者。
 

↓写真=講演するHeeさん







 みなさん、こんにちは。去年、小屋が4棟できましたので、今日はその小屋のことを話しながら、私の思っていることをお伝えできればいいなあと思っています。
 いままでに49棟できました。12年くらいかかったでしょうかね。これは四国の方々や、いろいろな方々のおかげです。1万人以上の方がかかわってくださいました。先日、NHKの「ラジオ深夜便」に出たんですが、そうしますとお手紙いただいたり、メールをいただいたり、1万円送ってくださったりしました。広島の方で「300万円差し上げます」という人もありました。それで、小屋が2軒くらいできます。非常にありがたく思っています。そういう方がだんだん増えてきまして、100万円集めてプールしてくださっている方、土地が見つかったら早く作りたいと個人的に寄付したいという人もいます。


【ヘンロ小屋46号・ピポット坂出=香川県坂出市】
 これは去年の最初にできた小屋ですが、このことをお話しながら、思いを語らしていただきます。さきほど、森事務局長さん(森英雄・「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会事務局長)の事業・会計報告の際も写真が4点出ましたが、これは四国ガスのショールームの外壁につくって下さったんです。もともと足湯が設けてありました。四国ガスさんが造って、お接待していたんです。その上に屋根をかけてつくったわけです。企業さんが寄付してくださった小屋です。いすには、お遍路さんが4〜5人座れますかね。
 小屋の中の壁画は、地元の小学生が何人かで地元の物語を描いてくださったんです。小屋づくりに対して、小学生の方にかかわっていただくことは最も意義あることです。私の思いはできるだけ、一般の方から小学校、幼稚園の方まで何かの形で小屋づくりに参加していただくことです。そうして、お遍路さんに対する気持ちが将来に引き継がれていくのを願っています。こういう風に子どもがだんだん(小屋づくりに)参加してくれるようになりました。

↓写真=竣工式には子どもたちも参加した



【ヘンロ小屋47号・大根=おおね、徳島県阿南市】

↓写真=ヘンロ小屋47号・大根


 これは徳島県の阿南市というところにできた小屋です。遍路道で山を越えて里に出るところにつくりました。私の30年ほど前からの知人で、東京に住むコンサルタント会社の社長が150万円ほど出してくださいました。つくるのは地元の20何人か、素人さんばかりでした。150万は材料代で、建物自体をつくるのは地元の素人の方々でした。里山の非常に美しいところですね。
 これは、「祈りの塔」としてつくりました。最近、震災などで、人の心がだんだん荒れてきて、人間が自然からしっぺ返しされていると思います。それに対して、できるだけ安全ということを願ってつくりました。お遍路さんが結願すること、つくってくださった方、地元の方々、さまざまな方々の安全を願っているんですけど、これは特別な強い思いですから、(小屋を)高くしたんです。木材は何百も使われております。ただ、木の組み合わせは簡単なものです。(1辺)10センチの角材を積み上げていき、水平に組み合わせるだけですから。隅をボルトでしめるだけ。(高さは)何ぼでもいけます。100辰任癲△い韻覆い海箸呂△蠅泙擦鵝これは15誕らずですけどね。
 屋根は日本建築のやり方にも似ています。真ん中の柱みたいなものは、ぶら下がっていて、地面にくっついていないんです。ブラブラしているんです。五重塔は耐震のために、あるいは風の(影響を抑える)ために、地面にくっついていないんですよ。それと同じ構造になっています。(小屋は)高くて倒れやすいですから、柱が揺れることで、もたせています。この木は地元で生えていた木を使っています。

↓写真=中心の柱はぶら下がっているだけで、地面にはついていない


 地面の部分は基礎の部分にくっついていないんです。15造曚鰭發してあります。建物は乾燥すると沈んできます。それを計算して、浮かしているんです。
 竣工式の写真で、真ん中の緑の服を来た方がつくってくださった方です。(壁には)いっぱい名前を書いていますけども、基本的には和田さんという方が寄付してくださったんですけど、それ以外に100何万円かまた集まったので、徳島のどこかに使いたいと思っていまして、とりあえず寄付してくださった方の名前を書かせていただいたんです。

↓写真=竣工式に出席した施主のコンサルタント会社社長



【ヘンロ小屋48号・京塚庵=徳島県小松島市】

↓写真=ヘンロ小屋48号・京塚庵


 これは48号・京塚庵です。19番札所、立江寺さんの土地につくらせていただきました。ご理解のある住職さんでして、以前にヘンロ小屋をつくりたいと言ったのを覚えてくださっていまして、「この土地につくったらいい」ということで、つくらせていただきました。
 小屋をつくる場合、必ず物語をつくります。土地の特徴とか、農産物だとか、祭りとか、文化とか、いろいろありますが、それを調べて、小屋の形に置き換えていっているのです。ここの場合は、お京さんという方が良からぬことをして流れていたんですね。それを(立江寺の住職が)助けて、ここに住まわせたんです。お京さんの供養、あるいはお遍路さんの無事結願を願って小屋をつくったんです。形は単純に、手を合わせたかっこうになっています。仏教の祈りの単純は形を建築化したわけです。
 建設費は地元の方々の寄付です。小屋の中には、お京さんの位牌みたいなものをまつっています。広い空間ですので、人が座った時に、できるだけ落ち着いて、かつ風が流れてといことを考えて、コの字型のベンチにしました。ここも寄付してくださった方の名前を書いて張っています。

↓写真=お京さんの位牌が小屋に置いてある


 竣工式では、お餅を投げることが多いのですが、ここはあまり広くないので、お餅は手渡ししました。地元の方が阿波踊りもしました。


【ヘンロ小屋49号・ひじ川源流の里=愛媛県西予市】

↓写真=ヘンロ小屋49号・ひじ川源流の里


 愛媛県の西予市につくった小屋です。支援する会の支部が四国4県すべてにありまして、愛媛県の支部長さんは村上さん(村上敬・「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会愛媛支部長)という方に多大なご援助をいただいてつくることができた小屋です。
 先に土地が見つかっていまして、設計がほとんどできていた時にダメになってしまいまいた。その後、村上さんが土地を一生懸命探して、交渉していただいて、つくらせていただきました。
 ここは、ヘンロ小屋としての意義が深いものになっています。小屋の名前は「ひじ川源流の里」です。肱川という美しい川がありまして、ここは源流に近いんです。地主の方が、肱川源流を活用して、地域活性化の活動をしているんです。地球の環境を考えてやっているのです。小屋の名前は、地主さんにつけてもらいました。
 デザインは三角になっていて、源流の水が流れてきて大海に広がるというイメージですね。それは比喩でして、(お遍路さんの)心が広がるという意味ですね。
 地元の信用金庫さんがほとんどお金を出してくださいまして、あとは地域の方々にボランティアでかかわっていただきました。信用金庫さんは各地でたくさんつくっていただいてまして、ここは宇和島信用金庫さんで、4つ目の小屋です。企業さんもこのごろ、寄付してくださる、つくってくださることが増えてきました。ロータリークラブさんもありますし、いろんな団体さんもあります。もちろん、個人の寄付が1番多いですけど。
 遍路文化を引き継ぐためには、あんまり年配の方ばかりでは途切れますので、できるだけ小さなお子さんたちにかかわっていただきたいという思いが強くあります。その辺のことを村上さんはよくご理解してくださって、地元の小学校の子どもさんたちにも参加していただきました。それと、ダウン症の中学生1人も。「ありがとう」という字を書いて小屋に張ってありますが、その中学生が書いたものです。字は味があってなかなかいいのです。その方の作品を、この小屋はずっと飾ります。季節によって変えながら。もう一方は、地元の小学生の方が書いてくれた絵を飾ります。
 このような形で飾るのは初めてです。これまで、壁に手形を入れたり、絵をタイルに焼き付けて壁に張ったりしたところはありますが、期間によって変わって作品が変わっていくのは初めてです。お遍路さんにとっても楽しいでしょうし、地元のお子さんたち、地域の住民の方たちからも賛同、理解を得やすいでしょうから、非常にいいやり方で完成したわけです。
   小屋の中に高野山と善通寺を指しているものを工夫しました。小屋によっては、壁が善通寺を向いたり、高野山を向いたりするところもあります。このように、空海、弘法大師に関連することを形にしたり、あるはお大師さんの考えを形にしたり、お大師さんのゆかりの物語をしたのもありますし、いろいろです。そうすることによって小屋は形が違ってきます。集まられるお遍路さんも、地域の物語が入っていると、楽しいでしょう。そんなものを感じていただきながら、また元気で歩いて行っていただきたいという気が強くあります。
 小屋は竣工式の時点では100%完成ではなく、99%完成だったんです。梶川さん(梶川伸・「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会副会長)が考えてくださって、残りの1%として、小学生の作品と中学生の子どもさんの「ありがとう」の作品を、(竣工式の最中に)張ったんです。これによって、この小屋が完成したということですね。そういうことは意味があることだと思います。

↓写真=竣工式で、子どもたちが作品を壁に張って、小屋は完成した


 竣工式の時には、四角い入れ物を木づちでたたくとテープで出るような装置を使うなど、地元の習慣を使いながら、地元の方がやってくださいました。私たちは何も言いませんし、言えないと思っています。式で小学生の代表もあいさつをしましたが、大人よりもしっかりしていました。餅投げはトラックからしました。


 今までたくさんの方々の力で、小屋ができてきたわけです。支援する会の役員さんは毎月集まっていただいて、現場へ行く時は全部自費で参加してくださっています。ありがとうございます。この場を借りてお礼を申します。
 無私の行為として、いろんな方がかかわっていただいています。私は小屋をつくらしてもらっていて、フッと何をしてるんだろう、と思うこともあります。善通寺で展覧会をしている時、男性が写真を見ながら、「こんなことはアホな人しかせえへんやろうなあ」と、独り言みたいに言っていました。私がいるのを知らんと。でも、そういえば、そうかなあ、と思いました。
 でも、時々背中を押されているというか、お大師さんが生きているというか、おるんかなあと思うこともチラッとあるんです。私は最初は1人でやるつもりだったんです、89棟。でも7年前から、支援する会を作ってくださったり、いろいろな方が応援してくださるので、私自身の存在感は非常に薄れてきています。それは理想なんです。前は「私が」と思っていましたが、最近は私が死んでもいいんじゃないかと思います。私が薄れていくということは、みなさんが、大勢の方が一緒にやるという形ができたということで、私自身が1番喜んでいます。
 こういうことをしていると喜びがあります。設計している時は、私は好きですから楽しいんです。でも楽しいだけで喜びではないんです。みなさんと一緒につくらせてもらいますと、喜びがあるんです。それはつくってくださる方も、しんどいかもしれないけども、でも喜んでおられると思います。そういうことを感じまして、ありがたく、ありがたく思っています。
 お遍路文化、支える、おもてなし、無心の行為、そういうものが四国から日本、世界へ広がっていけばいいなあと思っています。心というのは超無限で、どこまでも伸びていきますし、それが少しでも行動に結び付けばいいなあと思ったりしています。みなさんも一緒につくっていただいたら、ありがたいなあと思います。


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