四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト主宰者(建築家、元近畿大学教授)「プロジェクトにかける思い」

 《「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会第16回総会兼記念講演会=高知市・ちより街テラスで2023年4月23日=での講演の詳細◇読みやすいように中見出しをつけ、写真も入れました。当日はパワ−ポイントを使っての講演でした》


↑歌さんの講演


◇竹林寺の冊子のエピソード

 今日はありがとうございます。先ほど竹林寺(31番霊場、高知市)へ行きまして、小冊子を見つけました。その小冊子はおへんろストーリープロジェクトということをやられてまして、お遍路さんが書いた作文を募集してました。ある方が書かれている内容をお話しします。

 ある時ヘンロ小屋で休んでいたら、30ぐらいの娘さんが小屋にきてお守りをくれ、中にビーズが入っていました。この方は昔、ギャンブルにうつつを抜かしてえらい借金ができて、娘さんとお母さんが四国に帰ったらしいんですよ。見限って。

 それで、その方が定年になって、奥さんと娘さんに非常に悪いことをしたと気になって、お遍路さんで回ってるんです。その時に小屋に寄った時の話です。  娘さんがお遍路さんにどうぞと言ってくださった、その時、手首に傷があって、その傷は3人で一緒に生活していた小さい時にやけどをしたんですが、そのやけどの原因はお父さまが熱湯をこぼしてできた大きな傷でした。

そのビーズを差し出された時にその傷を見たらしいんです。それで、思い出して、そのお遍路さんは娘さんの顔をよく見たら奥様によく似ている面影があって、これは娘さんであると分かったみたいです。娘さんは優しい声で、そこを去ったようです。

お遍路さんは自分がお父さんであることを告げなかったみたいですが、そのことがこの文集に書かれてあるんです。最後のところには、去っていく後ろ姿に娘の姿を重ねていた、別れた妻の姿が浮かんでいた。この四国の地でつつしまやかに暮らしていたんだろう、と、

思いがけない光景に自然に私の目から涙が流れていた。これまでずっとこらえていた思いが堰を切ったように変にあふれ始めていた。気がつくと手作りのお守りを強く握りしめていた。途中はしょりますが。そういった実体験がこの文集に書かれてあるんです。そんなお遍路小屋の小さな書簡ですが、そういうストーリーは私は大事だと思っているんですが、そんなことがあったと。


◇これまでに58棟、高知で19棟(廃止になった小屋も含む)

 お遍路さんの文化的な一環して、と高知県で作らせていただいた19棟の小屋の簡単な説明をします。小屋のできたいきさつと仕様を短く説明します。

 このヘンロ小屋プロジェクトにかける思いとか動機とかいろいろあるんですが、話せば長くなりますので、皆さんにお渡ししたレジメがありますので、また見ていただけたらと思います。ここに私の思いとか、どうやって造るとか書いてあるので、ある程度お分かりいただけると思います。

四国全体で89棟造る予定で今、58棟できています。あと31棟造らないといけないのですが、高知県では18棟、四国では一番数の多いところですですが、


◇山で切った木材や竹で


↑ヘンロ小屋2号・弘見(廃小屋)=大月町


これは大月町で高知で初めてできた小屋です。全体的に見ても日本の小屋です。これは地主の方や近隣の方たちが近所の竹を切って全部竹で造った小屋です。

ここには大変心に残ることがありました。テレビ局が2日間かけて30分放映してくださったんですが、その取材の時に、造った大工さんの言った言葉です。こういうおヘンロ小屋を造るのは誰かがやらなければいけな、いということを言っておられ、その言葉が非常に心に残っています。

 ここにあるのは全部山から切ってきた木材や竹です。大工さんの指導の下に素人さんばかりで造り、歩き遍路中のお遍路さんも立ち止まって手伝ってくださいました。

◇「人に喜んでもらうことが自身の幸せにつながる」


↑ヘンロ小屋5号・蒲原(プロジェクトからは離脱)=南国市


この上に10数人いる工場経営の社長さんが、蒲原に造ってくださいました。よくお接待をされていた方です。社員をはじめ素人さんばかりで、社長さんが山から間伐材を切ってきて自分の会社の敷地の入り口のところに造ってくださいました。

造ってくださった社長さんの言葉が非常に印象に残っていまして、その言葉を紹介します。社長さんは費用もちろん、自らも金づちも持ち、社員をはじめ素人ばかりで造っていただきました。社長の言葉ですが「私は今まで頑張り経済的にも最高の時もありましたが、ヘンロ小屋を造ったお陰で人に喜んでもらうことが如何に自分自身の幸せにつながるかを感じました。今は心の幸せを得ている最高の時です。」という言葉です。

この方は数年前に亡くなられましたが、そういう言葉を残してくださいました。(社長が亡くなったこともあり、この小屋は現在、プロジェクトからは離れています)


◇個人の庭の一角に


↑ヘンロ小屋7号・芳井=三原村


 これも地元の年配の方が地元の材料を使って素人さんばかりで造ってくださいました。個人の庭の一角です。


◇地域をあげてお接待


↑ヘンロ小屋8号・香我美=香南市


 これは香我美町で町をあげてお遍路さんを歓迎している地域です。地域の人たちの協力で造りました。凧の産地なので凧が高野山に向かって舞い上がっているかたちになっています。


 ここはできるだけお遍路さんに泊まってもらいたいと推進していますのでクーラーボックスやまくらなど、お接待の典型的なかたちです。

◇こどもも一緒に建設


↑ヘンロ小屋9号・大月=大月町


 れは大月町の道の駅に造りました。バス停を兼ねています。大月という名前から月のイメージでデザインしています。

地元の人たちがボランティアで造ったんですが、子どもさんも一緒に造ってくださいました。これは河原の石をトラックで運んで床に貼っている光景です。こういうかたちが理想的で一番いいかなと思っています。子どももおばあさんもいっしょに。


◇泊屋をШ童


↑ヘンロ小屋10号・宿毛道の駅=宿毛市


 これは宿毛で道の駅に造ってくださいました。これは泊屋といって昔地域の若者がここに集まる場所で、浜田の泊屋の再現です。これは700万ぐらいかかっていて、宿毛市ロータリークラブが出してくださいました。山からヒノキを根こそぎ採ってきて、昔あった姿そのままに再現してうちの方で設計して、このようにできました。


◇曼荼羅を表現


↑ヘンロ小屋13号・佐賀=黒潮町


 これは佐賀というところで造りまして、曼荼羅と言って仏教の教えを絵柄に平面的なかたちで表現しています。入り口から奥にお大師さんの像がありますが、その像の後ろは遠く高野山になっています。正面から拝むと高野山を拝む形になっています。


◇休場の看板


↑ヘンロ小屋14号・大浦(廃小屋)=大月町


これは大浦というところで地元の素人の方々が山から杉間伐材や竹を切ってきて時間をかけて作ってくださいました。あれは休むところを休場(やすんば)というので、そういう名前の看板を付けてくださいました。


◇NPO法人が2棟目


↑ヘンロ小屋15号・清水川=三原村


NPO法人が2棟目を造ってくださいまして、竹と木を切って造ってもらいました。これがかなり痛んできて、何年か前私たちや今日来てくださっている方々や大阪の人たちで一泊して修復しました。だんだん傷んできつつあります。


◇ロータリークラブが200人の協力で


↑ヘンロ小屋17号・須崎=須崎市


これは須崎でロータリークラブさんが造ってくださいました。200人くらいの方々の浄財をいただいて造ってくださいました。200人余り、寄付してくださった方々のお名前を奉加帳として記名して残してあります。

小屋によっては板に浄財をくださった人々の名前を書いています。地域の方々が主となってやっていますので地域によって変わりますが、ここは奉加帳として残してくださっています。


◇地域の方々も利用


↑ヘンロ小屋20号・足摺=土佐清水市


足摺です。向いは太平洋です。地域の人たちがここに造ってくださいといって、地元の信金さんに頼み、信金さんはこれまで5,6棟造ってくださいましたが、これもその一環で、地域の方々も活発でカラオケしたり歌いあったりしてよく使われています。

 トンボ公園で建設したので、小屋はトンボの形をしていて太平洋に向かって飛んでいる様子です。公園内に建っているので小屋自体整備してあり、カラオケ大会などしています。


◇クジラのデザイン


↑ヘンロ小屋20号・足摺=土佐清水市


> ホエールウオッチングの町なのでこういうデザイン(クジラ)にしました。太陽が昇りますと太平洋が一望に見え非常に壮大な景色が広がります。これは町民で造りましたので町に寄付しました。


◇寄付者は800人あまり


↑ヘンロ小屋28号・松本大師堂=香美市


> これは松本大師堂です。800数十人から寄付を集めてくださった方々が今日来ていただいていますが、女性を中心に400〜500万円ほどの浄財を集めていただきました。

 もともとここには古い大師堂があってつぶれかかっていましたが、これをいったん壊して小屋と合体して大師堂兼ヘンロ小屋になっています。奥が大師堂で手前がヘンロ小屋、接待場所になっています。

 今も活動的に毎月お接待をされています。、お遍路さんにもよく知られ、たくさん来られています。

昔の造り方をしていて、ちゃんとした工法でくぎを使わず、プロですが宮大工さんみたいな方が造りました。上につってあるこの虹梁とその彫刻は前の大師堂から移したものです。





↑ヘンロ小屋31号・そえみみず酔芙蓉=中土佐町


> これはそえみみずのところに造ったんですが、この小屋にもストーリーがあって酔芙蓉の形をしています。ここのストーリーは、ある女性の遍路さんが体があまり強くないのに遍路仲間に助けられながら歩いて、ずいぶん感激し喜んでたんですが、がんで亡くなられたんです。その親族の方々が、女性からお遍路さん仲間にありがとうありがとうと感謝の言葉を聞いていたので、ご親族が何百万か寄付してくださいました。

この小屋は酔芙蓉の形をしていまして、亡くなった女性を表しています。その方がお酒を飲むと顔がポッと赤くなってピンク色に顔が染まるそうです。それで、酔芙蓉の愛称がついたようです。酔芙蓉は朝開いて夕方にはすぼむのでその名前を付けさせてもらいました。これは非常に個人の思いがこもった小屋です。


◇地元の竹と木で


↑ヘンロ小屋32号・天神=土佐市


>  これも地元の竹と木で造ってくださった小屋です。屋根は竹です。


◇「住民力」の石碑


↑ヘンロ小屋33号・宿毛=宿毛市


これは宿毛に造った小屋です。桜公園にあり、川の対岸にあって非常にロケーションのいいところです。

ここのストーリーは、ここに反社(会勢力)の事務所が設置されるというのをを住民の方が聞きつけて、それは困るということで集まり、力を発揮して入ってくるのを阻止しました。そのあとヘンロ小屋ならいいということで造ることになりました。

ここには「住民力」という石碑があり住民が結束して入ってくるのを阻止した記念の碑です。そのあと、喜ばれよく使われています。


◇商工会議所の女性会が記念事業で


↑ヘンロ小屋35号・土佐清水=土佐清水市


 これは土佐清水の小屋です。土佐清水商工会議所の女性会の記念事業として造ってくださいました。地元のシンボル、ヤブツバキをイメージしています。10センチ角の木材を組み合わせただけです。ベンチは違いますが。


◇素人ばかりで建設


↑ヘンロ小屋54号・四万十=四万十市


これは四万十に造った小屋です。川の流れをイメージしてベンチなど造っています。ここにおられる役員の方々や大阪の方など10人余りで造らせてもらいました。素人ばかり、泊りや通い1週間余りかけて完成しました。

地域の休憩所に造らせてもらい寄付しました。木材だけは買いましたが、私が図面を書いて、素人ばかりで屋根に登ったりしながら頑張って造ってくださいました。>
◇風が流れ気持ち良い小屋


↑ヘンロ小屋56号・室戸ジオパークセンター=室戸市


 これは室戸のジオパークの公園内に造らせてもらいました。室戸岬のイメージで三角になっていて、台風に強い工法で角材を組み合わせて、風もうまく流れるように造りました。階段も全部10センチ角です。2階からは太平洋も見え、風も流れて非常に気持ちの良いところです。


◇四国の人のやさしさ、無私の心

これまで22年くらい小屋を造ってきましたが、いろんなことやいろんな思いが造った時よりもたくさん出てきました。もっとも感じるのは四国の方々のやさしさやおもてなしの心、お遍路さんに対する思い、無私の行為などです。実際の行動としてされていることにびっくりしました。

皆さん無私の心でやってくださっています。最近そういうことが少ないですが、小屋建設に心ひとつにして、手弁当で一緒に造ってくださることに、こちらも励まされ、びっくりもしています。


 それと空海という超人が今も四国には脈々と生きているんじゃないかとと感じます。生活の中にも生きていると思います。私も小さい時、何かいいことがあれば、お大師さんのお陰とよく聞かされて育ちました。

 特におばあさんからはそうでしたね。超人にも関わらず、地元の方々には身近な人として愛され、生活の中にちゃんと入ってることはすごく偉大なことだと思います。お経を唱えるだけでなく、生活に入り込み、

この歩く道に遍路文化が世界に全くない形であり、思いを強く強く感じまして、こういう遍路文化が日本から世界に広がっていけばという思いが強くなっています。


◇人が幸せを感じるように

お遍路文化の一端が、ここにお遍路さんやほかの方々の文がありますので読ませていただきます。私がいただいたボランティアで小屋を造ってくださった大工さんのからの手紙です。一部ですが。

「私はこのヘンロ小屋を建設して、改めて人と人とが支えあう大切さ、人と人との和の大切さを改めて感じました。人を支えることにより、自分も支えてもらう、このあたりまえのことですが、今の世の中に欠けている一番大切なことだと思います」

先ほどのスライドであったように社会貢献の賞もいただきました。小屋のプロジェクトに対しましていろんな賞をいただいています。賞をいただいた理由がここにありますので読ませていただきます。

グッドデザイン賞をいただいた時の受賞文です。「なによりも2001年からボランティアで造ってきたという事実に圧倒される。しかも、場所それぞれによって特性、デザインを活かし地元産の素材によって生まれた56カ所(当時)もの小屋。これまでどれだけ多くの人が利用し、この場で何を考え、そしてどのような交流が生まれたのだろう、支えあう精神、無償の愛が結晶した素晴らしい取り組みに心から拍手を送りたい」という評です。

 デザインや思想を越えて人と人との思いや人が幸せ感を持ってもらえるような形が私は最高だと思っています。小屋は手段ですから最後は人の幸せだと思っています。いい思いをしていただくのが目的だと思っています。

 まだいっぱいあるんですが、一部読ませていただきます。「土地は田んぼの中や町中の広場や幹線道路のそばだったり、緑深い山林の中にあったり、さまざまなところに配置している。その周辺の環境からも物語性を見つけ出して、さまざまな形状の休憩施設をデザインした。すべて木加工による素朴な構造で地域住民が建設作業に積極的に参加して手作りで完成させ、その後の維持管理を地元住民が行うとこで新たな地域のコミュニテイを形成している。形態はさまざまでモニュメントとも彫刻ともいえるような不思議な造形物がその風景の中で存在感も増している。地域の人びとの積極的な参加によるコミュニテイづくりが非常に活発にされている」ので、この賞を授けますということです。

◇心の触れ合いがヘンロ小屋ノートに

ヘンロ小屋にノートを置いてあるのですが、お遍路さんが書いた文を切り出して、ここにメモがしてあるのでそれを読ませていただきます。お遍路さんが書かれている主な内容は、地元の方々への感謝の言葉がほとんどです。人と人とのつながりや非常に温かい心のふれあいが綴ってあるのがほとんどです。BR>
 「建物を一目見て思わず寄り道しました。遍路道を守っているみなさまの気持ちがまた、このような心のこもった休憩所など、遍路をしていると痛いほど心に響いてきます。本当にご苦労さま、またありがとうございます」

 「小学生、中学生が挨拶をしてくれるだけで、ありがたいお接待です。元気が出ます。」  「今日で5日目、このような休憩所のお陰で何とか回れることに感謝。町の人びとの優しさがかなりうれしい。今日も残りあとわずか頑張ろう。自利のことだけではなく利他のためにお遍路ができていることを心より思っています」

「歩き遍路をはじめて9日目です。両ひざが痛くてたまらないのでボチボチ歩いています。今日はお店で会ったおっちゃんにコーヒーをいただき、道の途中、会った軽トラのおばちゃんには竹輪とはんぺんをもらいました。こんなお接待をしていただいて涙が出そうです。本当にありがとうございます。この旅で素直に感謝することができるようになれそうです」

「月夜の下、手押し車のおばさんから100円いただきました、小銭やけどと。お礼を言って別れましたが、そのおばさんのことを思いながら歩いていて胸がいっぱいに、おばさんお幸せに」

「地元の多くの方々の善意をいただいてここまで歩いてきました。人ってこうまで親切になれるものなのですね。改めて人間を強固に信じたい。これからも先、頑張ります。みなさんありがとう」

 「生きていることを知りたくて初めて遍路の旅に出ました。道々で出会う人々や自然がとても優しく、接していただけて、ほんの少しづつですが生きるとは、何気ないところでほっと優しく温かな気持ちになれ、ほんのわずかな時間ですが、ありがとうと言えだした自分の心に感謝しています」

「遍路をしているとたまに不思議な空間に巡りあえます。あまりにも美しかったり、夢みたいな景色、背中がぞっとするような冷ややかな空気、この国には何があるのか、自分たちの感覚が研ぎ澄まされたからなのか、たくさんの人たちに助けられて私でもここまで来ました。四国で出会った方がたありがとうございました」

「私は無期刑の仮釈放中の身です。私は法務省の許可をもらって四国遍路中です。過去の罪を忘れたい、逃れたい、それだけのことです。私は25年も服役してますのでもう年です。死ねば地獄です。でも今は極楽です。お金は持っていますが四国の方がたのお接待に感謝しています。今夜は薬王寺の山門で野宿です。ありがたいことです」。詩が書いてありまして「灰色の壁に見入りし長期囚 指に書け母という字を」ということも書いてあります。

「さっきまたお茶をいただきました。『受けて忘れず 施して語らず』。日本中の人が遍路をするならばもっと住みよい社会になるような気がいたします。『憩いある小屋に歩き遍路立つ』」


 こういうお遍路さんの言葉をいただきますと、非常に人と人との温かさであったり、こういう状況が生まれたらいいなと思いながらくぎを打ったりしています。やることは小さいことですが思いだけはできるだけそういう支えあいの心が広がっていくことをイメージしながら造らせていただいてます。以上です。

 


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