樫原禅澄・善通寺管長 「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」第6回総会及び記念シンポジウムでの来賓あいさつ



 《2012年3月11日に香川県善通寺市、総本山善通寺で開かれた「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」第6回総会及び記念シンポジウムでの来賓あいさつです。読みやすいように、中見出しを入れました》


 
 みなさんこんにちは。きょうはどういう方がおいでるかなあと、思っておりましたけど、やっぱり中年以上の方が多いな。ありがとうございます。そういう人が今、力になってもらわんと困ります。
 遍路文化のこと、小屋のことがよく新聞に出ますけど、(「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会のメンバーの)名刺いただいたら会長さん、副会長さんが四国以外の方々で、四国以外の方が中心になって四国を盛り上げていただいてくれとることに大変喜んでおります。


   世界遺産、住民の盛り上げ弱い


    私はお寺の方で(宿坊に泊まった参拝者と)朝拝んだあと、写真屋さんが写真を撮るので私も入って写真を撮ります。ある人が「おじゅっさん、何で写真に入るんですか」と言うんですが、その方がよう売れる。ずっと、団体の時には入っとるんです。数年前は岩手県の人と一緒に写真を撮りました。平泉の中尊寺が世界遺産にもれた年でしたが、「おじゅっさん、世界遺産に登録したいんで、四国からも応援してください」と言う。地元の人の世界遺産登録に熱意がある。私も四国におりますが、(世界遺産登録を)やらないかんなという四国の人は関係者だけで、一般の人がだれっちゃ言うてくれんのです。世界遺産については、四国の住民の盛り上げが、もう一つかなあと。
 京都に行ったら、福知山かの列車が「天の橋立を世界遺産に」と、横っ腹に大きく宣伝しています。去年5月に佐渡島で船に乗ったら、「佐渡島の何とかを世界遺産に」。6月には、五島列島のカソリックの教会を中心に旅行してきたんです。船に乗ったらまた、「世界遺産に」。四国に帰って高松で汽車に乗ったら、「アンパンマン、高知」いうて。ところが、(四国霊場を)世界遺産に、というのが見えないんです。ポスターとかステッカーにね。香川県のNPOの人に会いましたら、このことを述べさせてもらいたいなあと思っております。


   「もうかる」より信仰、文化を

   
 お四国参りに来る人が、こんこんと言うんですよ。「おじゅっさん、世界遺産いいけどな、お寺さんが不親切なんや。行ったらお寺さん以外の人が納経しよるのは分かるけど、ガミガミ、ゴツゴツ言うて。気持ちように納経してくれるんかと思うたら、腹立って、腹立ってしゃあない。ああいうのが世界遺産になったらいかん」。時間があると思うて行ったら、「時間外で」、ゆうてしてくれない。そういう勝手なお寺が何カ寺かあるんです。八十八カ寺の何カ寺かが評判を悪くしておる。ああいうのも直してくれんといかんな。
 私も機会があったら、世界遺産についてもお話しますけど、ちょっと難しいところがあるのは、四国の住民の人に、(遍路)道がない所の人にも応援してもらわな、世界遺産にはなかなか難しいなあということ。それから、世界遺産になったらもうかりますという頭があります。人が来たらもうかりますという頭があります。これをちょっと何とか。それが目的であっても、ちょっと引っこめてもろて、信仰、文化という面でアタックしていかなければ。


   道にトイレが少ない
   

 石見銀山も人がものすごう行って。世界遺産になってからは行ってないんですが、私は3回ほど行きました。バスはこのごろ入れなくなって、遠くから歩かなければいけない。
 世界遺産になってから、(高野山は)九度山から上まで2へん歩いて登りました。それから熊野の青岸渡寺のすぐ横から1日半かけて本宮まで歩きました。途中気がついたのは、四国の道もトイレがないなあと、ということ、それを感じましたね。
 私は趣味が山登りですけど、山登りしよってもトイレがないんで、ちょっと自然に対して悪いなあって。女の人は困るし、男はどこでもできるゆうたって、木や草が怒るんやないかなあと、そんこと思います。
 世界遺産についてはまず住民運動。住民にまず認識してもらうという運動から始めないと、なかなかちょっと、これは遠いなと。


   お遍路さんを泊めていた母


 私はお寺の近くに、ある小さい寺なんですけど、今は建築中なんで泊まらすことできませんが、私どもの寺ではただで泊まらせるのです。おやじは実は戦死して昭和20年にはおりませんでしたけど、うちの母親は「泊まらせてください」と言われたら、必ず泊めましたね。昔は泊めたら、夕方きたら「晩の食事どうですか」、「朝の食事どうですか」と必ず聞く。最近はみなさん外で食べてくるし、みなさんコンビニで何か買ってくる。年にだいたい、7人から8人泊まっておりました。多い時はそれ以外に、外人さんが泊まるとこないからゆうて来る。お四国回る人も、歩く人が多いですが、警察行って(泊まる所がないかどうか聞く)。たいてい私とこに、(警察から)「泊まるとこないですか」ゆうて電話かかってくる。かかってきたら、もちろん、ただですね。
 で、一つおかしいなと最近思うておりますのは、晩の9時ごろ、60何ぼのご夫人が入ってきて、「実は泊まるとこないので、泊めてくれますか」ゆうて。お四国回っとる格好ではないんですが、四国(遍路)と思うて、「泊めてあげます。どうぞ入ってください」ゆうたら、お父さんが外で待っておりましてね。「お父さん、泊めてくれるゆうたぞ」ゆうて。母ちゃんが入ってきて、こっちは鼻の下長うして、「どうぞ、どうぞ」ゆうたら、お父さんが外に待っておるという風な泊まり方もあります。
 案外お寺というのは不親切なところがありまして、黙って急に来る人はなかなか泊めないんです。私の子どもが歩いて行っていますから、どこでどういう風なお世話をすればいいという事も分かっておりますので、本堂でもどこでもええということであれば、私は泊めてあげます。私は普通の寺ですから、5時すぎたら、隣の寺も納経すんでますし、雨が降ったり、寒かったりもしますから。


   世話したことは忘れなさい、世話を受けたことは忘れない


 泊めてあげたのに、お礼のはがきも来んが、という人が実は多いんです。初めのうちは、泊めてあげたら、せんべいでも漬け物でも送ってくる人がおったけど、その人はまた来ますね。何年かたって、また同じ人が来ます。私も善通寺で泊まった翌朝は毎朝、話をしておりますので、お大師さんの好きな座右の銘の中のこと話すんです。人に与えた、お世話してやったとか、物をあげたとかいうことは忘れなさい。その代わり、人からお世話を受けたとか、いただいたとかいうことは忘れてはいけない。
 このお大師さんの座右の銘を思い出して、私とこで泊まらしてあげた人からお礼がこないかんが、と言うて怒っておった私は恥ずかしいなと思います。お大師さんは、泊めてやったということは、忘れなさい言うておる。まだまだ私は人間できてないなということで、これからも遍路宿みたいなことをお寺がしようと思っています。建築ができて、みなさんの中で歩き遍路の人がおりましたら、どうぞ泊まっていただきたいと思います。


   車を停めて、一晩を遍路と一緒の運転手


 私の子どもが歩いて四国遍路をしたのですが、一つおもしろかったなあということをお話します。寝袋を持っていますので、雨の日にバス停で寝ようかなあと思っておりましたら、1台の車が止まって、「お遍路さん、雨が降っとるし、蚊が来るし、私が次のお寺まで送ってあげる」と言うんです。しかし、うちの子どもは歩こうと決心しているので、「ありがたいんですけど、このバス亭で泊まって、あした歩きます」と言った。そしたら、「雨が降り込んできよるから、私の車の中で寝てください。私は急ぎませんから、あしたの朝まで、私も一緒に寝ます」というて、バス亭の近くに車停めて、一緒に寝てくれた。そういうような運転手さんも、四国のどこかにいるんです、今でも。


   香川県はちょっと不親切?


 私が一つ残念なのは、歩き遍路の人に聞きましたら、この讃岐へ入ったら、1番不親切だというんです。私は残念でしょうがないんです。やっぱり、そういう共通点があるんです。香川県の人というのは、香川県の人には失礼ですけど、交通事故が全国でワースト1ということ考えても、今日お話があります「利他行」に通じる。人のために、ということが、香川県の人は四国(全体)に比べたら少し薄いんじゃなかと思います。
 香川県の小学校の子どもは、お遍路が話しかけても逃げる子どもが多い。「知らない人が来たら逃げなさい、相手にしたらいかん」ゆうのが、香川県の小学生のしつけ、教育です。しかし、私が行ったある地域では、大人同士がなごやかにあいさつをする、そういう地域では、子ども同士、話もするし、あいさつもする。「こんにちは」と。
 私が歩く時は、はげてるのを隠して帽子を被って、トレパンはいて、普段靴で歩きますけど、知らんとこ行ったって、「おじさん、こんにちは」「さようなら」と、小学校の子どもが、怪しいひとには近づくなというのではなしに、怪しいけれども話しかけてきます。遍路道を通る人には、お遍路さであろうがなかろうが、「さよなら」「こにちは」と言う地域あるんですけど、それは少ないんです。
 そういうことについて、善通寺で泊まるお遍路さんに聞いたら、「お大師さんの生まれた所なのに残念やなあ。何とかして」というので、機会あるごとに学校の先生方にも、お願いして、逃げるんじゃなくて、親切にする方法というのを考えてほしいということをお願いするわけです。
 どうぞ、ヘンロ小屋プロジェクトのみなさん中心に、どうか一つ、四国を盛り上げていただきたいし、またそういうことすることが自分のためにもなるということで、今後ともよろしくお願いします。


↓写真=あいさつする樫原管長
=2012年3月11日

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