「四国88ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会は10月22日午後1時から、徳島県阿南市の阿南市商工業振興センターで、講演会「遍路道と休憩所(ヘンロ小屋)」を開きました。プロジェクトへの理解と、ヘンロ小屋の土地探しへの協力をお願いするためのもので、支援する会としては初めての試みです。今後も四国で開催していく予定です。
講演会には約30人の参加しました。20番・太龍寺近くの遍路道の整備などの活動をしている加茂谷へんろ道の会や、徳島ユネスコ協会からも参加がありました。
最初は支援する会の柴谷宗叔役員(高野山大学密教文化研究所研究員=博士)の講演で、演題は「江戸時代の四国遍路」(実際の漢字は少し異なります)でした。遍路の歴史を概観した後、江戸時代を取り上げ、主に江戸時代前期の僧、澄禅の「四国辺路日記」(1653年)の内容について語りました。
この日記は、現存する最古の遍路資料とされているといい、日記の記述から澄禅の徳島での足取りをたどりました。澄禅のスタートは17番・井戸寺で、現在とは違う回り方です。遍路ルートも違う部分もあり、同じ部分もあったことを、柴谷役員が解説しました。最後に柴谷役員は、「遍路道は複数あるし、時代とともに変遷する」などと結論づけました。
続いてヘンロ小屋プロジェクトの主宰者、歌一洋さんが演題に立ちました。テーマは15年のわたるヘンロ小屋づくりへの思いです。徳島県には15棟のヘンロ小屋が完成しています。それぞれの写真を示しながら、設計にかけた思いを語りました。
歌さんの根本にある思いの1つは、お接待などに見られる「支え合いの心」です。小屋には「人」の字に近い構造を取り入れ、支え合いを象徴していると説明しました。さらに、「祈り」も大きな要素とし、それは「前向きに生きる力を大事にすること」と、考えを述べました。歌さんのまとめは、「関係性、共感性、想像性、物語性、霊性の5つの要素が大事だが、今の時代に欠けている」と強調しました。
2人の講演の後は、参加者との意見交流会になりました。イギリス人で東京で仕事をし、今年歩き遍路をした男性は、「外国人遍路にとってはWi−Fi設備があり、クレジットカードが使える宿が増えてほしい」などの要望がありました。これに対して、「遍路宿の経営者はお年寄りが多いうえ、設備投資は難しく。外国語が使え、インターネットやカードを使いたい人は都会のホテルに泊まるべきだろう」などに反論もありました。
また、「世界遺産になるのが良いのかどうかわからない」と疑問や、「休憩所やお遍路さんのための宿をしたいが、家を借りるのが難しい」という悩みの訴えもありましたた。これに対し、ヘンロ小屋プロジェクトも「小屋づくりのわずかな土地を貸してくれる方を見つけるのが難問」と、悩みを共有しました。講演会は土地に関する情報を売るのも目的で、支援する会から協力をお願いしました。