ちょっと歩き 花へんろ

  

              梶川伸・毎日新聞旅行「ちょっと歩き花へんろ」先達(「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会副会長)

              

   ◆◇ちょっと歩き花へんろ(4)◇◆
(毎日新聞旅行「ちょっと歩き花へんろ」の先達メモ)


 毎日新聞旅行の遍路旅「ちょっと歩き花へんろ」の先達を務めている。おおむね1カ月に1回、1泊2日の日程で四国八十八カ所霊場を巡拝し、計17回で結願となる。
 今回のシリーズは、遍路としてのお参りを続けるとともに、季節ごとに咲く霊場の花を楽しみ、遍路道に近い花の名所も訪ねるように、計画を練った。花の時期に合わせての遍路なので、参るのは順序通りではなく、あっちへ飛び、こっちへ飛び、となる。
 毎回、午前8時に大阪市北区梅田の毎日新聞大阪本社前をバスでスタートする。移動はバスが中心だが、一部良い遍路道を歩くことにした。また、地元の食べ物を味わい、年配の遍路が多いことを考慮して、宿は温泉を選んだ。ここでは、各回の模様を、花の写真とともに紹介する。


   ◆第15回(67番大興寺〜74番甲山寺)
    ◇テーマの花=コスモス、ハギ、ヒガンバナ(2013年9月20日〜21日)


 今回の参加者は11人で、少人数の遍路だった。秋晴れの2日間。田は刈り取りシーズンを迎え、実りの秋の田園に、日本の原風景を実感するような遍路だった。しかし、陽射しは強く、歩くと汗が流れる夏日の遍路でもあった。


 【淡路島国営明石海峡公園】
 梅田を出発して淡路島に入ると、通常ならば淡路ハイウェイオアシスで休憩する。今回はオアシスに近いが、いったん高速道路を下りて、淡路島国営明石海峡公園に入った。休憩を兼ねて、コスモスを見ようと思ったからだ。
 公園は、淡路島で開かれた花博の会場跡。広大な敷地を持ち、四季の花を植えている。コスモスは10月から11月がピークになるよう育てているそうで、まだ花はそれほど咲いていない。まだ高さ10〜2センチの苗も並んでいた。
 その代わりに咲いていたのが、黄花コスモスで、それも最盛期だった。どこでも見られる花だが、大量に植えられ、しかも整備されていると、色がはっきりしている分だけ鮮やかで美しい。黄色、オレンジ色、赤に近いオレンジ色と、3種類が混合していて、思わずカメラを向けてしまう。


      ↑ポプラを背景にした黄花コスモス


      ↑普通のコスモスも咲いていたが、まだ数は少なかった


【昼食】
 四国に入ると高松道を走り、三木インターを出て、すぐの場所にある輪楽を昼食の店に選んだ。まだ開いて4〜5年の新しい店で、高松の友人に教えてもらった。
 ちょっと面白い料理を出す。この日は、ベラのロースト、牛乳豆腐、茶碗蒸し、天ぷら(エビ、長イモ、ニンジン、イシトウ、サツマイモ、ナス)、扇形のエビの押しずし、五穀米の麺。食べ終わると、満腹だった。デザートに、小さなイチジクのワイン漬けが出てきた。「お接待」だと言って。自家製で、皮のまま食べるものだった。ワインを使っているので、バスの運転手さんは飲酒運転を警戒して食べず、イチジクは私に回ってきて、2つ目もおいしくいただいた。

      ↑輪楽のお昼のセット


【別格16番・萩原寺】
 今回の花のテーマには、ハギも加えていた。香川県でハギの寺といえば、萩原寺と最明寺だ。最明寺は狭い境内にハギがあふれるように咲いているが、萩原寺は広い境内にハギを計算して配しているような印象を与える。
 参拝をすませ、ハギを見るには、最良の日だった。山門までの参道は、左手には背の低いハギをこんもりと重ねた植栽を作り、それが大師堂のそばまで広がっている。右手は背の高いハギが生垣を形作っている。根の部分のところどころに、ヒガンバナが顔を出している。山門の横にもハギがあり、小さな紫色の花を見ながら石段を登っていく。本堂の前には、右手に紫、左手に白の木を植えてあり、これも様になっていた。
 境内でカメラを構えていた男性に「別格を回っているのですか?」と聞かれた。四国八十八カ所の方を回っているのだが、花も見ながらの遍路なので、わざわざこの寺に寄ったことを説明した。すると、男性は「良い日に来た。来週になったら、花は散るよ」と返してきた。確かに、花はたくさんつけているが、落ちている花はそれほど多くなく、この日から2〜3日が最も見ごろだと推測できた。


      ↑山門を彩るハギ
  

【67番・大興寺】
 山門の前に、田と畑が広がっている。あぜにヒガンバナが列をなして燃えている。ニラの小さな花と背を並べ、赤と白の模様を作り出している部分もある。その先に、石仏が立っている。秋の遍路道を、見事に演出している。


      ↑大興寺山門とヒガンバナ

 山門の横には、白いヒガンバナがかたまりを作って寄り添っている。木の下なのでやや暗いのだが、その暗さの中で白い花は目立つ。
 山門から入ると、本堂へ向かう石段の右手にカヤの巨木が空に向かっている。樹齢は1200年だという。そばには、クスノキの巨木も堂々と枝を張っている。石段に沿って白い小さな花が咲いている。お参りの後で寺の人に聞き、ヤブミョウガだと教えてもらった。


      ↑本堂へ登る石段の横に咲いているヤブミョウガ
 

【68番・神恵院】
 神恵院は数年前に本堂が新しくなり、コンクリートの打ちっ放しのような「参拝所」を持つ。その建物の中の階段を上り、本堂の前で手を合わせて般若心経を唱和すると、声が響いて心地よい。そこから庭園の中を下りていく小道があるが、通行止めになっていた。庭園に花はない。そのほかの境内を見渡しても同様で、タマスダレが数輪咲いているくらいだった。


      ↑わずかに咲いていたタマスダレ


【69番・観音寺】
 観音寺は神恵院と同じ境内にある。同じ境内だから、当然こちらも花は見当たらない。石仏の上の桜の木の葉が、少し黄色になっているのが目立つ程度。その横から石段を登ったところに、薬師堂があり、そこの桜も色づき始めていた。ウロウロしていると、ほんの少しだけヤブランが咲いているのを見つけた。花といえば、それだけだった。


      ↑石仏の上の桜の葉が黄色に変わり始めていた


【琴弾公園】
 神恵院。観音寺は小高い丘の中腹にある。寺からさらに10分弱登ると頂上に着くが、その下に琴弾浜公園が広がり、見下ろせる。公園は松林に囲まれた砂浜で、砂浜には直径100辰發△覽霏腓粉憶閉綿が砂絵で描かれている。それを見物に行った。夕方が近づいてはいるが、暑さは収まらず、わずかの坂で汗だくになった。砂絵の写真を撮ると、逆光になって、海の一部がキラキラと輝いていた。


      ↑砂絵の寛永通宝


【宿】
 宿は、かんぽの宿観音寺。母神(はがみ)という変わった読み方をする母神温泉の宿でもある。夕食はタイのかぶと煮と、豚の鍋がメーンだった。そのほかに刺し身や魚の焼きものなど、盛りだくさんなメニューだった。


      ↑夕食はタイのかぶと煮がメーン料理だった

 翌朝、朝食前に宿の周りを散策した。運動公園の一角にあり、グラウンドがすぐそばだった。池があり、1周する。ところどころに2体がセットになった石仏ある。母神山八十八カ所のものだが、全体がどういうコースになっているかはわからなかった。


      ↑母神山ミニ八十八カ所の石仏


【70番・本山寺】
 小さいながら、8脚で支えられている山門を入る。山門は重要文化財に指定されている。真っ直ぐ進むと本堂。これは国宝で、屋根の流れ美しい。横に五重塔がそびえる。明治のものだから、そう古いわけではないが、黒い肌が時代を感じさせる効果を持っている。屋根は横の広がりが少なく、そのためにスマートなたたずまいを見せる。その塔を遠巻きにするように、サルスベリの木が並んでしる。9月も末だが、まだ花をふんだんにつけていた。赤い花がほとんどで、白い花の木も数本混じっていた。


      ↑五重塔とサルスベリ


【71番・弥谷寺】
 「ふれあいパークみの」にバスを留め、そこから弥谷寺まで約15分ほど登っていく。山門をくぐると、境内の参道が続き、ほとんどが階段。まだ午前9時すぎだが、汗がしたたり落ちる。ツユクサ、ヒオウギ、ヤブランなどをながめながら、足を運ぶ。磨崖仏の下を通って小さな本堂につく。山の下から風が吹いてくると、ほっと落ち着く。


      ↑石段のそばに咲くツユクサ



      ↑参道にはヒオウギも咲いていた


【72番・曼荼羅寺】
 弥谷寺からは、バスに戻らず、石段を下りて途中から遍路道に入り、次の曼荼羅寺まで歩いていく予定だった。竹林の道を下っていく。日陰になっていると、時折吹く風が心地良い。道端には、ミズヒキソウやキンミズヒキが咲いている。山道が終わると、田園地帯に出て、すぐに車の多い道へと変わっていく。山では木々に太陽がさえぎられていたが、今度は太陽が照りつける。あまりに暑いし、ばて気味の人もいたので、バスに救援に来てもらい、乗り込んで曼荼羅寺に向かった。

      ↑弥谷寺から下っていく竹林の遍路道

 曼荼羅寺の境内に、花はほとんどない。かろうじて、ムクゲの木が1本植えてあり、紫の花が少しだけ名残の夏を見せていた。

      ↑曼荼羅寺の境内のムクゲ


【73番・出釈迦寺】
 出釈迦寺までは近いので、歩いて行った。寺のそばにはイチジクの木が多く、パックに入れて200円で売っていた。実は小さいが、7つか8つほど入っている。剪定された松の短い並木を通って、境内に入る。境内には、花のかけらもなかった。


      ↑寺の参道は、形よく剪定された松の並木になっている


【昼食】
 昼食は善通寺の街中の料理屋「魚七」。和洋折衷のランチメニューで、刺し身、エビフライ、鳥の焼きもの、白あえ、サラダ、茶碗蒸しなどが組み合わせてあった。客の多い店だったが、エビフライがアツアツで出てきて、うれしくなった。



      ↑魚七の昼ご飯


【74番・甲山寺】
 今回の参拝の打ち止めの寺。寺の前には川で、川原にヒガンバナがポツポツと咲いている。山門をくぐり、中門も通る。本堂の前には赤いサルスベリ。本堂を背景にしてカメラに収めた。漢字で「百日紅」と書くように、サルスベリの花の時期は長く、花の少ない夏にはありがたい花である。


      ↑本堂に彩りを添えるサルスベリ


【みろく自然公園】
 今回の花のテーマの1つは、ヒガンバナだった。2日間で、あちこちで見てきてはいたが、さぬき市のみろく自然公園でしめくくりとした。
 広い公園。バスの駐車場から10分ほど歩いて、ヒガンバナの谷に着く。斜面にヒガンバナが固まって植えてある。当然だが、1番多いのはオーソドックの赤。これはちょうど盛りだった。ヒガンバナとは本当によく言ったものである。ほかに白。これも良い時期だった。赤と白の花の組み合わせもスッキリして良い。
 赤と白の中間のピンクの花もあった。さらに、もう少し白に近いピンクも。これらもやや盛りをすぎつつあったが、まだ十分楽しめる。ただ、黄色は時期が終わりかかっていて、花びらが縮れているものもかなりあった。これだけの色のヒガンバナをまとめて見ることができ、遍路旅のクライマックスは華やかなものになった。


      ↑薄いピンクのヒガンバナ


      ↑黄色のヒガンバナ


      ↑ピンクのヒガンバナ


      ↑赤と白のヒガンバナの帯




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   ◆第16回(81番白峯寺、83番一宮寺〜87番長尾寺)
    ◇テーマの花=菊(2013年10月18日〜19日)


 良い季節ではあるのだが、台風の合間だったので、2日目は雨が降ったりやんだりの空模様だった。遍路の参加は17人。「ちょっと歩き花へんろ」は今回を含めて残り2回になった。懐かしいメンバーも復帰して、にぎやかな遍路ではあったが、間もなくやってくるクライマックスの後の静寂が予感され、どこかに寂しさが伴う遍路だった。


 【与島】
 良い遍路道を少しだけ歩く「ちょっと歩き」の遍路なので、大部分はバスで移動する。バスは自由がきくので、今回は瀬戸大橋経由で四国に渡った。いつもは便利な明石海峡大橋を通るが、シリーズ中で瀬戸三橋はすべて通る計画だったためだ。
 中国道、山陽道を通って、瀬戸大橋に入る。初日は雨こそ降ってはいなかったが、曇り空なので、瀬戸内海の色がくすんでいて、少し残念だった。
 橋から与島に下りて、サービスエリアで休憩をとった。展望台に上る。北側に与島橋、南側に北備讃瀬戸大橋が伸びている。少し黄色に色づいたケヤキを手前に入れて、写真を撮った。
四国に入り、昼食場所に選んだのは丸亀市の茶芸館夢回廊だった。民家を使った点心の店。そのアンバランスが面白い。民家なので、部屋は広くない。小さなテーブルをくっつけ合うようにしての食事だった。小さなせいろに3種類のシュウマイやエビギョウザが入っている。食べ終わったこと、さらに3種類が届く。おかゆやハルサメのサラダなどもついていて、バラエティーに富んでいるが、素人っぽさも残っていて、それも面白い。


      ↑与島サービスエリアの展望台から見た北備讃瀬戸大橋




【昼食】
 四国に入り、昼食場所に選んだのは丸亀市の茶芸館夢回廊だった。民家を使った点心の店。そのアンバランスさが面白い。民家なので、部屋は広くない。小さなテーブルをくっつけての食事だった。小さなせいろに3種類のシュウマイやエビギョウザが入っている。食べ終わると、2つ目のせいろが運ばれ、さらに3種類が入っている。おかゆやハルサメのサラダなどもついていて、バラエティーに富んでいるが、素人っぽさも残っていて、それも面白い。


      ↑このせいろの3種類を食べ終わると、次のせいろが運ばれてくる


【丸亀城】
 この遍路は、遍路ルートに沿った観光名所も訪ねることにしている。今回の観光は丸亀城を組み込んだ。天守は小さいが、石垣が高く、そりのカーブが美しいので、名城の1つに数えられている。特に三の丸北側の石垣は高さ20メートルもあり、隅角部は算木積みという石の積み方で、その美しい曲線は「扇の勾配」と呼ばれているそうだ。石垣のそばのモミジやハゼの木の葉は、一部は赤く染まり始めていた。

      ↑石垣のそばのモミジは紅葉が始まっていた

 丸亀城を組み込んだ理由の1つは、毎年秋に菊花展が開かれるからだった。「花へんろ」をうたっているのだが、この時期は花の端境期で、目立つものがない。そこで、丸亀城で菊を楽しもうと思った。ところが今年の菊花展は20日からだという。2日早く来すぎてしまった。「ちょっと歩き花へんろ」の計画は、2年前に作って募集したので、日程を変えるわけにはいかない。無理をして計画を立てたのが良くなかったようだ。参加者にはおわびをして、城内を散策した。
 堀の橋を渡って、大手二の門から城内に入ると、菊花展の看板を取り付ける作業中だった。すでに展示会場は形が整っていて、すでに搬入された作品もたくさんあった。展覧会は始まる前だったが、菊の花をたくさん鑑賞することができ、何とか「花へんろ」の面目は保った感じだった。


      ↑菊花展の開幕2日前だったが、すでに作品は運び込まれていた

    小さな物産館があって、のぞいてみた。中で女性3人がドングリのこまを作っていた。「お城のドングリを使っている」と言うので、1つをもらって、回してみた。年配の参加者ばかりだが、子どものころに作った人もいて、小さなドングリの秋の舞いを喜んでいた。


      ↑城内で集めたドングリと、ドングリで作ったこま
  
 その横では、うちわ作りを実演していた。丸亀はうちわの産地なので、そのPRも兼ねた実演で、作ったものは販売している。実演者に話を聞くと、うちわ作りには47もの工程があり、それを手作業だいう。竹を細くさいて広げて紙を張っていくが、その細い竹の部分を「穂」というのだと教えてもらい、その言葉に含まれる思いのようなものに感じ入った。


      ↑実演の合い間に、うちわ作りの話をしてくれた
  

【神谷(かんだに)神社】
 もう1つ、坂出市の神谷神社もコースに含めた。細い道を中型バスで入って行く。途中でクランク状になった個所があり、運転手のテクニックで、ギリギリのところで抜けていき、思わず参加者から拍手が起きた。
 三間社流れ造りの本殿で、国宝に指定されている。鎌倉時代の建物だが、この造りで現存している本殿では最も古い。世界遺産になった宇治市の宇治上神社より古いということになる。拝殿で参拝をする。本殿は土塀で囲まれていて、近づくことができない。そこで、土塀の外から写真を撮った。


      ↑国宝に指定されている神谷神社の本殿
 

【81番・白峯寺】
 白峯寺は坂出市の五色台にあり、崇徳上皇ゆかりの寺だ。手水(ちょうず)で手を洗い、口をすすぐ。そばに石仏群があり、まわりをツワブキが飾っていた。本堂へは、石段を登る。その両脇でもツワブキが黄色の鮮やかな花をつけている。花の最盛期に近い状態に見える。私の感覚ではもう少し遅い時期のような気がするが。
 以前、毎日新聞で「寺の花ものがたり」という連載を執筆していたことがある。その中で、京都市の圓徳院の石蕗(ツワブキ)を取材し、住職の言葉が印象に残っている。ツワブキは先代住職の父が植えたといい、「石蕗は人生を表しているのではないか」と口にした。そのうえで、「咲き始めの青春期、満開の壮年期を過ぎ、やがて散る。咲いて2週間ほど。禅宗の僧としては、盛りを過ぎた後がいい。最後は峻烈(しゅんれつ)なにおいを出し、どす黒くなって、きたなく死んでいく」と。散り際のいい桜とは対照的だ。みじめにも感じる最後だが、住職は好きだと言う。「そんな人生もある」と言って。


      ↑境内にはツワブキの黄色い花が、盛りに近い状態で咲いていた

 参拝のあと、境内にある崇徳上皇の廟の遥拝所にも寄った。崇徳上皇は保元の乱に連座したとした讃岐に流された。「啼けばきく きけば都の恋しさに この里すぎよ 山ほととぎす」の歌は都を懐かしむ無念の気持ちを表していて、日本人の心を揺さ振る。その廟がこの寺に設けられた。西行も訪れて歌を詠み、涙したという。

 
【宿】
 白峯寺の参拝をすませ、遍路道を歩いた。本来なら次の82番根香(ねごろ)寺まで歩くのだが、夕暮れが迫っていること、根香寺の参拝は紅葉を期待して次の最終回に残していることで、歩く距離は1キロほどの「ちょっと歩き」にとどめた。
 時折、パラパラと雨があたる。午後4時半ごろに歩き始めると、木々に包まれた遍路道は早くも薄暗くなってくる。ミズヒキソウ、野菊、フジバカマといった花が所々に咲いていて、秋の山に歩を進める楽しさを少しばかり味わった。



      ↑遍路道に咲いていた花

 宿は「かんぽの宿坂出」。ここも温泉で、露天風呂に入ると、空気はちょっと寒い。瀬戸大橋を眺め、坂出の街に明かりがついていくのを見ながら、体を温めた。
 夕食は、タイのあらだき、カンパチなどの刺し身、うどんと豚肉の鍋、天ぷらなど。食べ終わったあと、参加者の男性と部屋で酒を飲んだ。私は以前、高松に住んでいた。そのころの友人が、日本酒を届けてくれていたからだ。琴平の「凱陣」という銘柄で、高松時代から好きだった。「高杉晋作も飲んだ」というキャッチコピーが気に入っていた。友人の気配りに感謝して、味の強い酒を飲んだ。


      ↑友人が届けてくれた凱陣

   宿からは石切り場が見える。大規模に山を削っていて、その跡が山城の城壁のような印象を与えるので、思わずカメラを向けた。



      ↑ちょっと変わった光景をつくり出している石切り場

 翌日は目覚めると雨。朝風呂に行ったが、露天風呂には入られないほどの雨だった。この時点で、快適な遍路はあきらめた。朝食はバイキング。テーブルの上に水のポットが置いてあり、「くすり用」と書いた紙が張ってあった。メンバーは年齢が高い。ちょっとしたことではあるが、うれしい心遣いだった。


      ↑朝食のテーブルに置いてあった薬を飲むための水


【71番・一宮寺】
 宿を出発する時点では、雨の振り方がパラパラ程度で、天気は回復傾向にあった。大師堂に参ると、新米が紙袋に入れて、いくつも備えてあった。境内はそれほど広くはないが、よく整備されている。しかし、この時期、花は少ない。境内を見渡すと、モミジの葉の中にほんのり赤く染まり始めているものがあり、山門のそばのハナミズキが赤い実をつけていたが、秋色の植物はそれだけだった。


      ↑境内にあったハナミズキは赤い実をつけていた

【田村神社】  もともと一宮寺は、讃岐の一宮、田村神社の別当寺だった。神社は寺のすぐ横にあるので、みんなで参拝した。大きな神社で、さまざまな神がまつられ、神様のデパートのような感じを受ける。石で作ったえとを回せるようにしてみたり、伏見稲荷のように赤い鳥居を連続して立ててみたり、親しみやすいような仕組みの工夫している。
 参拝をすませて境内を出ると、おばあちゃんが「ようお参りなさいました」と声をかけてくれた。丁寧な言い方の中に、どこか優しさと温かみを感じる言葉だった。


      ↑赤い鳥居をくぐって行く


【74番・屋島寺】
 屋島寺は標高293メートルの台形の半島にある。バスで専用道を登っていくと、「ミステリーゾーン」と案内が書いてある場所を通る。目の錯覚で坂を上っていくように見えるのだが、実際には下っている場所だ。バスの運転手に頼んでバスを止めてもらってから ブレーキを外すと、バスは後ろ側に動き出し、乗っているみんなが「オー」と声を出した。
 境内には、実のなっている木が何本かあったが、残念ながら花はなかった。どこの寺も似たような状況だ。


      ↑実のついた木を手前に入れて写真を撮った

 雨は上がっていた。そこで、遍路道を歩いて下りることにした。急な坂なので、夜のうちに雨が降ったため、歩くの直前まで断念するつもりだった。しかし、夜の雨は土砂降りではないので、坂道がぬかるみになっているとは考えられなかった。できれば参加者にきつい下り経験してほしいとい気持ちもあって、最終的に歩く判断をした。ただし、足に自信のある人だけにした。この結果、歩いたのは参加者の半分で、残り半分はバスで移動した。
 坂道はかなり滑りやすい状態になっていた。このため、1歩ずつ足に力を込め、慎重に下りて行った。距離は短く、歩く時間は40分ほど。しかし、2人が尻餅をついてしまったので、「やはり、歩きは中止すべきだったか」と反省した。
 海のそばまで下りて、歩いて来た道を振り返ってもらった。切り立った崖が見える。その急峻さのインパクトは強いようで、そんな光景を見ると、無理をして歩いたのは良かったかもしれない。


      ↑急な坂を下る参加者


【昼食】
 昼食場所は、85番・八栗寺へ登るケーブルカーの駅の近くにある山田屋だった。庄屋屋敷を使ったうどん店で、人気店の1つである。メニューは釜揚げのぶっかけうどんと、おでん(平天、焼き豆腐、すじ肉)のセット。うどんは太目で腰が強く、量も多くて満腹になった。



【85番・八栗寺】
 行きはケーブルカーに乗った。五剣山の切り立った岸壁の下に本堂がある。花がないので、木の実と本堂と五剣山を一緒にカメラに収めた。

      ↑本堂と五剣山

 下りは歩いた。また雨が降ってきた。傘をさしたり、カッパを着たりして、急ぎ足で下った。ケーブカーの下の駅に着く手前に、草餅屋がある。寅さんの映画でも使われた店で、なかなか人気がある。参加者の1人が、上りのケーブルに乗る前にわざわざ店に行き、メンバー分を頼んでくれていてくれた。お接待として、おいしくいただいた。


【86番・志度寺】
 志度寺の山門前の寺に平賀源内の墓があり、それに手を合わせてから志度寺に入った。境内にはさまざまな花と木が植えてある。五重塔のそばのイチョウの葉が、少し黄色に変わっていたので、この寺の象徴として写真に撮った。花はニチニチソウやらジニアやらメキシカンセージなどが、かたまって植えてあった。ミカンの小さな木もいくつかあり、庭を整備中なのかもしれない。


      ↑色づき始めたイチョウと五重塔


【87番・長尾寺】
 <山門をくぐると、大きなクスノキがある。そこから本堂と大師堂までは、何も目立つものがない開放的な庭になっている。ただ塀際に何本か木がある、ハナミズキは赤い実をたくさんつけていた。BR>  結局2日目は、雨がつきまとう遍路ではあったが、土砂降りにはならなかったのは、運がよかったということだろう。大阪へ帰るバスも、外は小雨が降り続いていた。


      ↑ハナミズキと大師堂


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   ◆第17回(82番根香寺、88番大窪寺、高野山奥の院)
    ◇テーマの花=紅葉(2013年11月15日〜16日)


 2012年4月27日に始めた毎日新聞旅行「ちょっと歩き花へんろ」は、ついに最終回になった。8月と12月をのぞき1カ月に1度、1泊2日で巡拝してきた。今回で結願するので、どこかうれしいような、そして仲間との出会いが一段落するので、どこか寂しいような、2つの気持ちが入り混じった遍路のスタートだった。
 最終回のメンバーは当初17人だったが、当日に1人都合が悪くなって、計16人になった。午前8時にいつもの通り、毎日新聞大阪本社前を出発した。記念の日ではあるのに、あいにくの雨。しかも、小雨よりも強い降りだった。バスまでの間にさして雨に濡れた傘は、それぞれビニール袋に入れて、座席の横に置いた。何ともさえないさえない遍路の始まりだが、午後には雨がやむという天気予報が頼みだった。
 バスが動き出すと、参加者が「お接待」と言って、さまざまな食べ物を回し合うのが恒例だ。今回も、富士山の近くで買ってきたという富士山クッキー、おかき、チョコレートなどが車内を動き回る。手作りの干し柿もあった。まだ柔らかさが残った干し柿なので、早速みんなで食べた。


      ↑手作りの干し柿20個が、みんなにお接待で回された



 お接待は家から持ってきたものばかりではない。今回も道の駅に寄った際、ミカンを買って回す人がいた。鳴門金時のお菓子を見つけて配る人もいた。全部を食べるのは、至難の業である。
 「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会のホームページには、「ちょっと歩き花へんろ」の先達メモが入れてある。この一連の原稿を、私の友人が冊子に編集して預けてくれ、それをバスの中で回し読みし、最終回らしい遍路のスタートでもあった。


 【淡路島ハイウェイオアシス】
 いつも通り、淡路島ハイウェイオアシスで休憩した。雨は降り続いているが、バスからオアシスの建物までの間は、早足をすれば傘も必要ないほどに天気は回復の兆しを見せていた。
 建物に入ると、大きなクリスマスツリーが据えられていた。もう、初冬の装いである。裏の花の谷に出てみる。モミジは赤くなっているものもあるが、まだ緑のままのものもある。今年は夏が猛烈に熱く、どうも紅葉がおくれているようだ。今回の花のテーマは紅葉なのだが、色づいているかどうか不安になる。花の谷で目立ったのは、ツワブキの花だった。雨のために暗い斜面を。鮮やかな黄色で浮き立たせ、雨でぬれた厚い葉はつやを増し、「艶蕗」の字があてはまるようだった。


      ↑淡路島ハイウェイオアシス・花の谷のモミジは色づいているものもあった




【昼食】
 淡路島の高速道路を走っているうちに、雨はあがった。四国に渡り、高松道に入ると、時々太陽も暖かい光を運んできた。これでこそ、遍路のしめくくりにふさわしい。山を飾る暖色の木々に輝きが出始めた。
 昼食場所は、海に面した魚の店「隆盛丸」。漁業を営む大将がやっている。メーンは丸ハギの煮つけだった。「朝しめているので、刺し身でも食べられる。肝がおいしい」と勧められた。薄味で煮つけてあり、身は柔らかいながらも、しっかりしていて、骨離れもよく、新鮮さがよくわかる。
 刺し身はカレイ、チヌ、タイ、イカ、タコが素朴に盛り合わせてあった。タコがシコシコして歯触りが良い。食べていると、「余ったから」と、刺し身を皿に無造作に乗せて運んできた。
 シマゲタ、トラハゼのから揚げもあった。小さな魚なので、ガリガリ食べられる。トウガンの煮物にはエビも入っていた。みそ汁はワカメで満杯だった。海の味のほかに、ホウレンソウ、キクナ、キノコと小鉢がついていた。「狙っていた魚が獲れず、急きょ料理を変えたから、遅くなった」と、大将は言い訳をしながら、私たちの席に来ては、魚について話をする。魚、漁業が本当に好きなのだろう。


      ↑丸ハギをメーンにして、魚がいっぱいの昼食だった


【82番・根香(ねごろ)寺】
 隆盛丸から82番根来寺まではバスで10分あまり。今回の参拝は、根来寺と88番大窪寺の2カ所だけにした。実は83番一宮寺から87番長尾寺までのお参りは、前回にすませている。根香寺だけを残したのは、香川県では有数の紅葉の名所だからだ。
 五色台を登っていく。道路に沿ったモミジの木は、日当たりの良い場所では赤いトンネルを作っていたが、緑のままの個所も多い。根香寺の色づき具合が気になる。
   寺に着いて、がっくりと肩を落としてしまった。山門のそばの木は色づき始めていた。しかし、山門からいったん下り、もう1度石段を登っていく「モミジの谷」は、緑のまま。赤どころか、黄色のかけらも見えない。10月下旬の昨年の写真がインターネットに載っていたのに、今年は半月も遅いようだ。参加者に謝りながら石段を登りきると、本堂や大師堂の前、谷を見下ろす所のモミジが何本か赤くなっていて、ちょっと救われた。その数本かを被写体にして、逆光も利用しながら、何とか紅葉の写真を撮ることができた。


      ↑本堂の手前のモミジ


      ↑紅葉の谷を見下ろす場所の木や若干色をつけていた
  

【88番・大窪寺】
 少々悔しい思いをして、バスに乗った。88番大窪寺もモミジの木は多い。それに期待をした。地元では「高松の奥座敷」を言われる塩江温泉を抜けていく。道の駅塩江で休憩をとった。以前高松に住んでいた時に飲んだことのある藤川牧場の牛乳を売っていたので、懐かしくなって買い求めた。
 大窪寺の手前3キロの地点でバスを降りた。最後は歩いて結願寺に入るためだ。雨は上がったどころではなく、短い曇の時間を過ぎて、晴れの天気に変わっている。気温も上がり、バスから見た道路わきの電光表示板には、気温が16度となっていた。小春日和の、心地良い歩き遍路となった。ソバを刈った後、赤い茎が残っている畑のそばを通る。所々にモミジの木もあって、赤く染まっている。「これなら、大窪寺も」と期待が膨らんだ。


      ↑ソバが刈り取られた畑
 

      ↑大窪寺への遍路道にあったモミジの木は、色の色に染まっていた
 
 歩き遍路をしてきた大阪市都島区の夫婦と出会い、話しながら一緒に大窪寺に着いた。お互いに定年になって、それが機になった通し打ちで、この日で51日だという。「歩いていて、けんかをすることはありませんか?」と、意地悪な質問をすると、「宿でも役割分担をしていますから。妻は洗濯。私は翌日のスケジュール作り」という仲の良さを示す答が返ってきた。ご主人は建築関係の仕事をしていて、ヘンロ小屋プロジェクトの主宰者、歌一様さんの名前を知っていて、ヘンロ小屋では何度も休憩したことがあると話した。「きょうは縁のある方に何人も出会いました」と言い、結願にふさわしい日になったと喜んでいた。
 本堂での参拝をすませ、大師堂では先達として今回の遍路を簡単に振り返って話し、それを般若心経の前奏にした。花へんろは、神光寺(徳島県神山町)の見事なフジでスタートした。1年半あまりの間にはいろいろなことがあった。雨の中のアジサイ(高知県)、雪で通行止めになった高速道路(徳島道、高知道)、全く咲いていなかった明谷梅林(徳島県阿南市)、霧の晴れ間に30分だけ見ることのできた四国カルスト(高知県津野町)、わざわざ1時間も遠回りをして行ったのに寒さで5分間しか見ていられなかった観音岩(高知県大月町)、何人も身動きがとれなくなって大変だった別格3番慈眼寺の穴禅定(徳島県上勝町)、しんどかった弥谷寺(香川県三豊市)の上りと屋島寺(高松市)からの下り……。自らの遍路を思い出すきっかけになれが良いと思って、ゆっくりと話した。
 大窪寺の紅葉は良い時期だった。山門への石段は、盛りを10とすれば7〜8程度で、その横に広がるモミジの庭はピークと言ってもよかった。夕方が近づいてきていたが、日が陰る前に、何とかカメラに収めることができた。

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      ↑山門への参道は紅葉のトンネルになっていた
 
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      ↑山門のそばのモミジの庭

 門前のサザンカは樹齢500年といい、大きな木になっていた。しかし花は小さく白い清楚な姿で、錦秋のモミジの庭とは対照的だった。

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      ↑大窪寺山門前のサザンカも満開だった
 

【宿】
 宿は休暇村南淡路。翌日、高野山にお礼参りに行くので、すこしでも大阪方面に近づいておくためだった。
 夕食はバイキングだった。地元の海の幸が小鉢として用意され、少しずつ何種類も食べられるのがよかった。これまでに撮影した写真をあらかじめ、参加者のタブレットに入れておいた。それをスライドショーで見ながら、思い出話に花が咲く食事だった。


      ↑夕食はバイキングだった

 翌朝も良い天気だった。朝の露天風呂の入ると、日の出が遅くなっているので、まだオリオン座が輝いていた。朝食の前に宿のそばを散策すると、その間に山から太陽が昇った。宿は海に面していて、軽い朝焼けの空の下を、漁に行く船が出ていった。


      ↑朝焼けの下を走る漁船

 斜面に小さなツワブキがたくさん咲いていて、その横にはスイセンが早くも芽を出し、10センチほどに伸びていた。正月には、スイセンの斜面になっているのだろう。
 

      ↑海へ向かう斜面に咲いていたツワブキ

 
【昼食】
 午前8時に宿をスタートした。淡路島サービスエリア、泉大津サービスエリアで休憩した。泉大津では、連絡橋を渡って海側のビルへ行き、展望台に上った。ここからは大阪湾がよく見えるのだが、視界が良くなかったのが残念だった。


      ↑展望台のガラスには、そこから見える場所の名前が書いてあった

 昼食は和歌山県紀の川市の「あナリ」。国の登録文化財になっている古民家を使い、町おこしでやっているソバの店。5枚の小皿に十割ソバが乗っている。ソバつゆは少し甘目で、卵、長イモ、ネギ、ショウガ、ダイコンおろしを薬味として加えて食べる。それに、ソバ豆腐がついていた。


      ↑ソバとソバ豆腐の昼食

 あナリへはバスを降りて、5分ほど歩いていく。イチゴのハウスがあり、白い花をつけていた。ミカンの木もある。昼食も含めて、のんびりした時間だった。

      ↑最近はあまり見かけなくなったワラの三角帽子


      ↑ハウスノイチゴは白い花をつけていた


【高野山】
 お礼参りに高野山にバスで登る。途中の道は、山上に近づくにつれて、モミジの木が鮮やかになる。そして山上に着いて驚いた。何と人と車が多いこと。参拝を兼ねた紅葉狩りの人たちだった。
 奥の院も人であふれていた。杉木立の中も参道も、人が数珠つなぎだった。弘法大師の廟の前も混雑していて、少し離れた所で般若心経を唱えた。最後の最後なので、心経は3回繰り返し、遍路の締めくくりとした。帰りは川沿いの道を歩いた。モミジの木があるためだが、かなり散っていた。


      ↑廟の手前のミミジ
 金剛峯寺の前に移動してバスを駐車場のわずかなスペースの停め、檀上伽藍を散策した。伽藍までの道が紅葉のトンネルになっていて、そこは見ごろだった。1番最後に色とりどりの紅葉に包まれ、「花へんろ」は何とか面目を保てた。


      ↑檀上伽藍への参道


      ↑寺の塀沿いのモミジ


      ↑高野山は紅葉の盛りだった

●●「ちょっと歩き花へんろ」は17回で終了しました。2014年は3月7、8日を第1回として、計16回の<梶川伸とゆく「ちょっと歩き四国遍路」開創1200年満喫編>を予定しています。霊場参拝を中心に据え、昔ながらの良い遍路道などを少し歩きます。四国霊場開創1200年の年に始まるので、参拝時間をゆったり取り、普段は見ることのできない特別拝観も盛り込みました。昼食はなるべく地元のもの(B級グルメも)を選び、通常のツアーでは行かないような場所も観光・散策します。