特別寄稿 「歌一洋四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」小屋作り 89棟に思いこめ



              歌一洋・近畿大学教授(建築家)

              男女共生ネットTokushima発行「新世紀男女共生社会へのメッセージ」
              (特集=生き方・生涯学習・世界遺産・地域遺産」
                         (2010年3月発行)>

                  

 四国に八十八ヶ所の霊場札所を巡拝する遍路道が在ります。
 空海が開いたとされ、1200年余、お遍路さん、地元の人達によって脈々と今に受け継がれています。祈りを体現したシステムとして「お接待」と「循環性」というカタチは世界でも類を見ません。
 この四国全域1400kmの遍路道89ヶ所に、歩きお遍路さんのための休憩、仮眠ができる 「ヘンロ小屋」 をボランティアで造っていくプロジェクトです。200年から10数年をかける予定です。(現在40棟完成)
 小屋は地域の様々な人達と共に、つくる過程に生まれるコトも大切にしながら造りたいと考えています。また小屋の設計にはその地域の風土、伝統文化、建築文化、空海の思想を多少なりとも生かしつつ、新しい風景が創出できればと考えています。
 小屋を通して「祈り」「人と人、人と自然のふれあいや支え合い」の精神が広がり、深まることを願って・・・

 発心

 私は徳島県南に生まれ、お遍路さんとの思い出があります。
 幼少の頃、白装束を身にまとったお遍路さんが玄関先で拝んでくれるたびに、米など家にあるものを袋の中に入れてあげていました。いわゆる「お接待」 です。
 この原風景が、年齢を重ねるごとに、徐々に浮かび上がってきました。特に20年程前から歩きお遍路さんに何かを強く感じていました ・ ・ ・
 そして外国へ旅するごとに遍路の持っている文化の貴重さをますます意識するようになっていました。また、空海を識るほど強く魅かれるようになりました。
 建築設計を生業とし、前向きに生きるための 「祈り」 を建築のテーマとしている私にとって歩きお遍路さんのため、何かできるのでは・・・と考えていました。そんな思いが少しずつ醸成し、ごく自然に生まれたプロジェクトです。
 遍路道1400kmを調査の上、場所を特定し、設計しました。実際に建てているのは私の計画地以外であるため改めて設計しています。

 小屋の造り方と設計

 建設する地域の子どもから年長者までできるだけ多くの人達で造ります。建設費は寄付やボランティアの方により、地域の事情に合た造り方となります。土地探しから完成までの造る過程にも意義があると考えています。多くの人が支え合いながら一軒の小屋を造り上げます。そうすることによって完成後も愛着をもって小屋の守りをします。
 設計は地域の持っている文化・産業・場所性・建築材料を活かします。小屋の内部はコミュニケーションを高め、元気の出る空間心がけています。さらに小屋が建つことによって風景が良くなることです。
 これらを体現している徳島県内で完成した8棟について書いてみます。
 小屋のカタチ、造り方、体制、費用他全て違っています。しかし、どれも小屋作りに関わった大勢の人達の無償の行為「お接待」のこころが込められています。

 ヘンロ小屋1号 香峰
  (平成13年12月5日完成=海部郡海陽町)

 八十八ヶ所を40回余り巡った方が自分の土地に自費で造られました。木材は弟さんから、石材は近所の石材屋さんが提供。
 柱の∧は全てのいのちは支え合うという空海の考えを表します。建物も同じで構造的に強いものとなります。
 62本の格子は空海の生涯62年にちなんでいます。また風通しをよくし、国道の車を見えないようにし、落ち着く空間にしています。
 一本木のいろりは倉庫に眠っていたものを再び活かしました。
 小屋にあるおへんろさんの感謝の言葉がギッシリのノートを施主は「私の宝」と大切にされています。

 ヘンロ小屋3号 阿瀬比
  (阿南市阿瀬比西内=平成14年4月6日完成)

 地域の人達との打合せから村の縁側にしようということになりました。あぜ道のような小さな三角地に造られました。
木材は、地元の製材屋さんが提供。その他の建材費用の不足分は数10人の寄付により、近所の大工さんを中心に10人余りの方々で造られました。
皆さんの和気あいあいと楽しげに話しながらカナヅチを握る姿が印象的でした。子ども達も小屋に関わりながら遊んでいました。
ベンチに座ると高野山、善通寺に向き、空海に思いを馳せるようになっています

 ヘンロ小屋4号 鉦打
 阿南市福井町鉦打=平成14年9月28日完成)

 空海ゆかりの「尻無し貝」の物語をベンチのカタチに。3枚の仕切り板は高野山、善通寺、次の薬王寺を指しています。
 建築費用の木材と大工費用は3号ヘンロ小屋阿瀬比と同製材屋さんが提供。
 理由は孫に「おじいちゃんあんなに小さな小屋・・・」と言われたので、そんならもう一軒ということになりました。
 屋根はこの地域特産の瓦をアピールする為に大きくしました。瓦は、瓦屋さんが提供。
 地元の方々もボランティアとしてとして、カナヅチを持つなど、いろいろなカタチで大勢の方々が参加しました。真夏の西日を受けながら汗だくの作業姿に感激しました。

 ヘンロ小屋6号 宍喰
    (海部郡海陽町=平成15年4月9日完成)

 旧宍喰町の所有地に町が県木産・建築資材費を提供。工事は建築職人のボランティア「太子講」の仲間10数人で造られました。
 基本のカタチは宇宙の本質のカタチを表すマンダラ。
 遍路道より土地が低いので、風通しと眺望の為高床になり、4方が開放されています。
 斜めの柱は、支え合うカタチとしてがっちり組み合わされ、太平洋からの風や地震にも充分耐える事ができます。

 ヘンロ小屋11号 勝浦
  (勝浦郡勝浦町生名=平成17年6月27日完成)

 工事費用は主に行政から、足りない費用は地元の大工さんと一般のボランティアの方々が提供。
 屋根のミカンは地元の陶芸家によるものです。
 デザインはこの地の特産のミカンのイメージで、周囲の山々のミカン畑が見渡せるようになっています。
 おへんろさんだけでなく地元の方々も休憩や雨宿りなどにも使われています。

 ヘンロ小屋12号 眉山

 徳島ロータリークラブの70周年記念事業として造られ、徳島市へ寄贈。
 徳島駅から眉山への市のメインストリートにあり、眉山を背景にした阿波踊り会館の前に造られました。
 会館前にポイントをつくり、風景がより良くなるようにしました。
 屋根は阿波踊り女性の鳥追い笠をモチーフに、2棟は同行二人、また踊りの動きを表しています。ベンチ・床は、眉山にちなみ目・眉のイメージです。
 行政との調整・近隣住民へのヒアリング・土地の特別な状況・工事費等多くの課題があり解決の為、竣工まで2年余り要しました。
 おへんろさんや、市民の憩いの場として多くの方々に使われています。

 ヘンロ小屋36号 神山
  (名西郡神山町=平成21年9月20日完成)

 緑深い山越えの眺望に恵まれた絶景の地、スダチ畑に完成。遥か下方には蛇行する鮎喰川が。
 資金は信仰心のある方を中心に個人・企業からの寄付によっています。木材の一部は長野県の木材屋さんから提供されました。
デザインは神の山にお大師さんからの鳥(おへんろさん)が舞い降り。一時の休息のあと飛び立つイメージです。
小屋は美しい風景に溶け合い、ロケーションのポイントになっている。

 9年のヘンロ小屋造りから

 小屋を造る目標を明確に定めて始めたにも拘らず、39棟が完成した今、思うところがあります。
 大師(空海)信仰が四国の人々に引き継がれている事を実感しています。小屋造りに関わられた人々は「おへんろさんのため、お大師さんのお陰」という思いを持っています。小屋作りが進んでいるのは、多くの人々の支え合いの精神に基づく、無償の行為に支えられているのです。
 また四国の人のこころ根のあたたかさ、おもてなしのこころがあるからでしょう。
 これはつながりが希薄になっている現状の社会に特に必要なことであると考えています。
 目に見えるカタチでお接待を体現している、小屋は遍路文化を継承するためのひとつの方便・手段であります。しかし最も大切なコトはおもてなし、支え合いのこころです。これを将来に引き継がれるには、若者、特に子どもがおへんろさんを少しでも興味を持ち、理解してもらう。そのためにおへんろさんのことを伝えるための行動する必要性を強く思います。

 支えられて小屋造り・ありがたく

 私のプロジェクトは地元の人々と進められています。そして、地元、四国、プロジェクトを支援する会の会員、役員他無数の人々に支えられています。さらに励まされるのは、小屋に置かれているへんろノートに書かれているお遍路さんの言葉です。
 「小屋はありがたいです。地元の方々のお接待に感謝します。人間を信じたい気持ちになりました。」
 「故郷に戻ったら、なんらかの形でこのお接待のお返しをしたい。」
 「不思議な世界です。日本にもこんなところがあったのですね。」
 無期刑で仮釈放になった老人は
 「過去の罪を忘れたい。救われたい…。お接待に感謝して歩いています。今は天国です。でも死ねば地獄です。」と書いています。
 また建設に関わった大工さんからの手紙をいただきました。
 「力を合わせ完成したときは皆で喜びました。人と人が支え合うことの大切さを改めて感じました。人を支ええることで、自分も支えられる。当たり前のことですが、今の世の中に欠けている一番大切なことだと思います。」
 自ら金槌を持ち、小屋を造られた経営者の話。「私は今までに経済的には満足しました。しかし小屋造りのお陰でこころの満足を初めて味わうことができました。」
 愛知の歌人から「音響き 風もやさしい歴史みち 八十八に 日本の希望」と頂きました。
 菅笠に白装束で歩くおへんろは四国の山河、海、風光に溶け合う。その姿は美しい。
 四国中にヘンロ小屋のある風景があり、住む人やお遍路さんのふれ合いがある。
 こころの風景が広がることを願って・・・。
 これからも、8年程で50棟の小屋建設を地道に進めていきたいと考えています。


 

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